大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和46年(特わ)936号 判決

主文

一、被告人を懲役五月に処する。

二、未決勾留日数一五日を右本刑に算入する。

三、訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、昭和四六年六月二五日午後六時二〇分ころ、東京都大田区大森中一丁目一番七号先道路(通称産業道路)において、酒気を帯びて普通貨物自動車を運転した者であるが、右当時摂取したアルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態にあつた。

第二、前記日時・場所において、前記自動車を運転中、自車を高野多実子運転の普通乗用自動車に衝突させ同車を損壊する交通事故を起こしたのに、その事故発生の日時・場所等法律の定める事項を直ちにもよりの警察署の警察官に報告しなかつた

ものである。

(証拠の標目)〈略〉

(弁護人の主張についての判断)

なお、弁護人は、全部無罪の主張をしているが、前掲証拠により、ゆうに判示各事実を認定することができる。弁護人は被告人にとつてビール三本程度では正常な運転ができないおそれがある状態にまでは至らなかつたと主張するのであるが、前掲各証拠によれば、被告人は、二トン貨物自動車にビール・食品等を積んで羽田空港まで運転し、運転助手とともに空港内の多数の店に積荷を配達してかなりの労働をし、当時空腹であつたこともあつて帰途飲食店に入り約三〇分間位の間にビール普通びん三本分を飲酒し、やきとり二〇本位を喰べたうえで自動車を運転したものであること、運転助手からみて普段と違い運転が荒つぽいようにみえたこと、幹線道路である産業道路で夕方の交通量も多い時間帯に、交通量、信号の存在、交通の流れ等からして他車の間をぬうようにして走行したところでそれほど早く走行できないのに二車線のところを走行レーンを遵守せずぬうように無理な運転をしていること、無理な割り込み方をして接触事故を惹起させていること、他の自動車運転者からみても通常の運転とはことなる異常な走行をしている自動車として注目をひくような状況にあつたこと、呼気検査の結果呼気一リットルにつき0.5ミリグラム以上のアルコールを検知していること等飲酒時の身体的状況、運転状況、逮捕時の状況、飲酒検知の際の状況等を総合して、判示のとおり酒酔運転の事実を認定することができる。

(なお、弁護人は、ビール三本程度では酒に強い者にとつて水のようなもので正常な運転ができないおそれがある状態には全くなかつたというのではあるが、運転免許をもちしかも優秀な技能を持つた者で酒が相当飲める、少くともビールなら三本以上、日本酒でも三、四合位は飲んでも態度をくずさない者を被験者とする飲酒運転についての実験例があるので参考とされたい。未永一男「飲酒運転の危険性について」交通科学研究資料第九集一八頁社団法人日本交通科学協議会。「安全運転の科学・ドライバーのための生理学」・日本放送出版協会一三六頁以下、「交通医学について」・昭和四五年度特別研修叢書・日本弁護士連合会五五〇頁以下にも同旨の論稿がある。その他参考として、前同資料第一〇集一二八頁・一三九頁、第一一集二六頁。交通事件執務提要・最高裁判所事務総局四四三頁以下)

(法令の適用)〈略〉

(量刑事情)

被告人には、一時不停止違反、追越禁止違反のほか昭和四四年には酒酔運転、同四五年には業務上過失致死事件で各罰金刑に処せられ、運転者として法規を遵守し、注意深く運転することを心懸けるべきであるのに、自から飲み屋に立寄り短時間にビール三本を飲酒したうえ自動車を運転したもので、飲酒運転をしたいきさつに全くくむべきものはないこと、夏の夕方、幹線道路で交通量も多い時間帯、場所で飲酒運転をし、その運転も一般の交通の流れ、秩序をみだすような粗暴な運転であつたこと(接触事故をおこしたことについても周囲の交通の流れ、他車の状況について格別の考慮することなく自から無理な割り込みをしたことについて反省することなく高野多美子の運転の誤りを主張する等きわめて自己中心的ないわゆるそこのけ運転である。)、報告義務違反の点についても、第三者との間でいざこざが多少あつたとしても本人が直ちに届出をなすことを困難ならしめるとか機会のないような場所・状況になく、その他諸般の情状を総合すると、被告人に対しては主文のとおりの刑を科するのが相当であると認める。

(朝岡智幸)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例